龍とそばかすの姫を映画館で観てきました。
先月まで、エヴァンゲリオンを月一で観てたけど、エヴァの上映が終わったらすっかり忘れてました。
終わるまでに、観に行かねば。と、1日に行ってきました。
泣きました(´;ω;`)
すずのお母さんが、すずの目の前で川に向かうあたり。
Uの世界で初めて歌ったところ。
すずがベルと知ってた周りの人たち。
お父さんがすずに送ったメッセージ。
ベルではなく、すずとして立ち向かう決意をしたところ
お父さんとの、少ない会話の変化のところ。
中村佳穂さんの歌声、歌は別な人だと初め思っちゃった(あまちゃん みたいに)
個人的には、よくこれだけのストーリーをこの時間内に詰め込みましたね〜。
と、感心するばかりです。
もしかしたら、だからこそ、賛否両論となるかもしれませんが。
古いドラマなら水戸黄門、最近なら鬼滅の刃のように、主人公がピンチに陥っていれば、仲間が身を挺して助けてくれるのが、王道なのかもしれない。
でも、現実はこういった場面は、ものすごく少ないのではないでしょうか。
例えば、すずのお母さんが、川に入っていくシーンでも、実際アクションを起こせる人がいるのか、わたしは遭遇したことがないのでわかりません。
たとえ、119や110に電話することさえも、できないのかもしれません。
すずがUの世界で、本当の自分を晒すときも、多くの人はスキャンダルを楽しく雑誌やテレビ報道で観ているのと、同じ感覚だとわたしはみえました。
すずの友人たちとは、別の感情です。
でも、それが、私たちの暮らす現実社会。
きっと、そのシーンに向かう中で、本来はもっと膨大なストーリーがあったのを、削ぎ落としに落とした内容が、これだったと推測します。
もちろん、映画を創る上での諸事情もあるかも知れませんが。
一番は、細田守監督の表現したいことを ギュッと濃縮させた。
そう感じます。
自分から人と関わったり、変化を望むのを極端に避けていた主人公が、人に興味をもち、ときには助けてと、いえるようになっていく。
日本人って、助けて欲しいくらい困ってても、助けてと声にださない方が多いから。
特に、地方や超過疎地のど田舎になると、「人に迷惑をかけちゃいけない」が、優先事項になって、本来なら一番お姫様扱いしなきゃならない自分を 召使いにしちゃうから。
心理学で「自己肯定感」という言葉があるんだけど。
お母さんの友だちのコーラス仲間の人たちは、すずのお母さんが亡くなってから、ずっとお母さんのように見守ってくれて、心を閉ざしたすずをそのまま受け入れて、包んでくれてって、これって母性ですね。
そういう安心感があるから、思い切った冒険だってできちゃう。
すずの自己肯定感が、上がった瞬間。
幼馴染のしのぶくんは、守るから、「やってみ」って背中を押す、父性に変わってく。
映画の中の歌で好きなのは
離ればなれの君へ
この中の「綺麗」というところが好き。
シロナガスクジラが大好きな私は、たくさんクジラがでてきただけでもテンションあがったゎ。